台東東河:ダーティーキッズ工房

台東東河:ダーティーキッズ工房

台湾の地方では高齢化と若者の流出が進む一方で、台東・東河には小さな店が増えてきている。

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ある午後、台東駅で友人を迎えに行くまで少し時間が空いていて、
「せっかくだし東海岸をぶらっとしよう」と車を走らせていたら、偶然この工房に出会いました。

パンのために時間を空けるカフェ。
それは、あえて“ゆっくり生きる”という選択でもあります。

初めて「髒孩子工作室(ダーティーキッズ工房)」に入ったとき、強いビジュアルのインパクトはありません。
でも、扉を開けた瞬間、空気の匂いに足を止められます。

それは単なるコーヒーの香りではなく、
小麦粉、発酵、木、そして火の匂いが混ざり合ったもの。
自然と歩幅をゆるめたくなる気配です。

自分たちがどんな店なのかを急いで説明することはない。
けれど、焼き上がりのたびに、静かにすべての答えを返してくれます。

「髒孩子(ダーティ・キッズ)」という名前は、初めて聞くと多くの人が一瞬言葉を止めます。
でも、しばらく過ごすと分かってくる。
それは行き当たりばったりの反抗ではなく、ひとつの“暮らしの態度”なのだと。

ここでは手は小麦粉まみれになり、テーブルには使い込んだ痕跡が残る。

パンが好き、という話から始まって、時間を預けておしゃべりする流れになったとき、自然とこう聞いてしまいました。
「どうして、こんなお店をやろうと思ったんですか?」
答えはとてもシンプル。パンが好きで、発酵を待つことに時間を使うのが好きだったから。

東海岸では、時間はもともと“急ぐため”のものじゃない。
風も、日差しも、温度も、毎日違う。パンだって同じです。

急いで客を迎えない空間

髒孩子工作室の店内は広くはなく、席数も多くありません。
木の造作が主役で、線はシンプルで実用的。
そこに植栽と自然光が重なり、全体が静かで温かい雰囲気に包まれています。

さっと座ってすぐ出る場所ではない。
でも、コーヒー1杯とシナモンロール1つで、
時間をゆっくり流していくには最高です。

ここで気づく人も多いはず。
「何もしなくても、ただ座っているだけで、ちょうどいい」って。

シナモンロールは、“待つ”ことで積み上げられた味。
髒孩子工作室でよく話題に上がるのがシナモンロールで、種類もいろいろ。
たしか店内飲食とテイクアウト、どちらもありました。

生地、発酵時間、巻きの層の比率、シナモンの香りの加減――
それらは何度も調整を重ねて辿り着いたバランスです。

最初の一口で派手に驚くタイプではない。
でも、静かに最後まで食べたくなる。

窯焼きパンは、待てる人のために。
シナモンロールだけでなく、窯焼きのパンも同じくらい大事。
焼き上がり時間が決まっていないのは、発酵がスケジュール表の言うことを聞かないから。

まるごとテイクアウトもできるし、店内でスライスを頼んでコーヒーと合わせることもできます。

表面は窯の香ばしさ、内側はしっとり弾力。トッピングがなくても完成している味。

こんなパンなら、一人でゆっくり食べ切る時間さえ、ちゃんと贅沢になります。
——だから、もう少し座っていたくなる。

なぜわざわざ行く価値があるのか。
もし「サクッと写真撮って、チェックインして、すぐ帰る」旅が目的なら、ここは第一候補ではないかもしれません。
でも——丁寧に作られたパンのために、
時間に追われない午後のために、
ちゃんと座っていられる短いひとときのために。
そういう時間を大事にしたいなら、髒孩子工作室は“目的地にする価値”があります。

ここが見せてくれるのは、東海岸の暮らしでとても大切なこと。
「ちゃんと大事にされる日々」そのものです。

【危機を転機に変える、“東漂”起業の道】

「都市から故郷へ戻ってきた、ブヌン族です。南投・信義郷の子どもだけど、育ちはずっと台北でした。」
2018年(民国107年)、サーフィンへの情熱をきっかけに台東の地を踏んだ潘鈞偉(パン・ジュンウェイ)さんは、自然の美しさに心の奥の“土地への憧れ”を呼び覚まされます。
そして迷いなく、台北のアパレル店マネージャーという高収入の職を辞し、東河郷で理想の暮らしを追い始めました。

「uninang mihumisang」はブヌン族でよく使われる挨拶で、「ちゃんと暮らそう」「良い暮らしを」という意味。
それは彼が“ちゃんと生きる”ことを自分に言い聞かせ続ける言葉でもあります。
初めの頃、潘さんはワークエクスチェンジ(打工換宿)で生きる、気楽で自由な日々を過ごしていました。
ところが2020年(民国109年)のコロナ禍が、そのリズムを一変させます。暮らしが止まり、生計が切実な課題となったとき、彼は考え始めました。
「この土地で、生活を維持しながら理想も叶える道はあるのか?」

そこに、相棒の張皓畇(チャン・ハオユン)さんが現れます。二人は意気投合し、
「焼き菓子・パン」を核にしながら、地域体験も掛け合わせ、温度のある文化を届けるブランドを作ろうと決めました。
こうして「髒孩子工作室(ダーティーキッズ工房)」は、暮らしへの愛と土地への約束を背負って生まれたのです。

危機を転機に変える──“東漂”起業の道

「都市から原郷へ来たブヌン族です。」

潘鈞偉さんはそう自己紹介します。
南投・信義郷の出身、ブヌン族の子ども。けれど成長の記憶の多くは、台北の街並みと建物の間にあります。
長年、都市のリズムの中で生きてきて、仕事、昇進、効率――それが当たり前の日常でした。

それが2018年(民国107年)、サーフィンをきっかけに、彼は初めて“本当に”台東の土地を踏みます。

海岸線の広さ、山と海が交わる空気。
それは心の奥に眠っていた“土地への憧れ”が、ずっとそこにあったのだと気づかせました。
一時の衝動ではなく、呼び覚まされた感覚。
彼は周囲には理解されにくい決断をします——台北のアパレル店マネージャーという高収入の職を辞め、慣れ親しんだ都市を離れ、台東・東河郷へ。自分が本当に送りたい生活を追いかけるために。

「Uninang mihumisang」──自分に“ちゃんと暮らす”と約束する

「uninang mihumisang」はブヌン族でよく使われる挨拶で、「要好好生活(ちゃんと暮らそう)」という意味。
この言葉が、東海岸での日々の中で彼が繰り返し自分に言い聞かせる、核となる信念になりました。

台東に来たばかりの頃、壮大な起業プランがあったわけではありません。
彼はワークエクスチェンジを選び、比較的ゆるく自由な生活リズムで、時間と向き合い直し、この土地のテンポを少しずつ理解していきました。

世界が止まったとき、生活が“答え”を迫ってきた

2020年(民国109年)、パンデミックで、すべてが突然止まりました。

旅人は消え、換宿の機会も激減。流動に支えられていた暮らし方は、一瞬で足場を失います。
リズムが崩れたとき、いちばん現実的な問題が浮かび上がりました——生計です。

そこで潘鈞偉さんは、避けられない問いに向き合います。
「この土地に残るなら、僕は何ができる?」

それは職業選択ではなく、“生き方”そのものへの質問でした。

仲間が現れ、方向が形になっていく

まさにそのタイミングで、張皓畇さんが現れ、物語は動き出します。

二人はすぐに、暮らしへの想像が驚くほど近いことに気づきました。
やりたいのは「ただの商売」ではなく、ちゃんと温度があって、人が“感じ取れる”存在を作ること。

彼らが選んだ中心は「烘焙(ベーカリー)」でした。
市場分析からではなく、烘焙は時間と忍耐と本当の投入を必要とする。
その性質が、彼らが望む暮らしの状態とぴったり重なったから。

東海岸では、発酵は急がせられない。
土地の上で生きることも、効率だけになってはいけない。

髒孩子工作室の誕生

こうして「髒孩子工作室(ダーティーキッズ工房)」が生まれました。
手を小麦粉で汚すことを厭わず、暮らしに痕跡が残ることを受け入れ、そして認める——本当の創作は、最初からきれいに整ってなんていない。

烘焙に地域体験を掛け合わせ、パンを単なる食べ物ではなく、土地・文化・人をつなぐメディアにする。
発酵のたび、焼き上がりのたびに、あの「uninang mihumisang」へ応えていく——
“日々をちゃんと生きること”こそが、いちばん大切だと。

潘鈞偉さんにとって本当の安定とは、収入や肩書きではなく、
この土地で生き続け、創り続け、人とつながり続けられるかどうか。

髒孩子工作室は、そんな背景の中で生まれました。
最初から計画された起業ルートではなく、危機の中で一歩ずつ歩いて切り拓いた“転機への道”なのです。


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📍 Google Maps 住所
959臺東縣東河鄉隆昌路5鄰54號

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